【愛車のハーレーのローンは息子が払っている】矢本悠馬の父親・矢本浩人は皮職人!画像あり

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俳優の矢本悠馬(33歳)さんは2003年、映画『ぼくんち』で子役としてデビューし、中学入学直後にNHK連続テレビ小説『てるてる家族』に出演しました。

今回は矢本悠馬さんの父親について検証していきます。

矢本悠馬の父親・矢本浩人について

出典:https://otocoto.jp/

矢本悠馬さんの父親は、矢本浩人(やもと ひろと)さん

京都の革製品ブランド『belicovebo+(ベリコベボ)』という工房で、デザインと制作をしている革職人です。

現在は削除しているようですが、矢本浩人さんのFacebookの投稿から、矢本悠馬さんの父親だと判明したようです。

矢本浩人さんは2012年に、矢本悠馬さんが出演するTV番組の宣伝をFacebookに投稿しており、その中に「うちのジュニアの悠馬」と書かれていたそう。

当時、矢本浩人さんのFacebookはよく更新されていたようで、顔写真もありました。


出典:https://buzz-scrap.com/

スキンヘッドで少し迫力がありますが、鼻や口元がそっくりですね。

また、Xでも矢本悠馬さんが、ご自身が父親の見た目の事を語っていたようです。


出典:https://twitter.com/home

『ハイスタ』とはロック・バンド『Hi-STANDARD』のこと。

父親のことを、そんなロックバンドにいそうな容姿と言っていたようです。

確かに、スキンヘッドにピアスの見た目は、ロックバンドのメンバーにいそうですよね。

他にもこんな目撃情報が。


出典:https://twitter.com/home

スキンヘッドでバイクのハーレー・ダビッドソンに乗ってるなんて、ますますワイルドな感じがしますね。

 

皮職人!


出典:https://fineboys-online.jp/

矢本悠馬さんの父親、矢本浩人さんのお店について詳しく調べてみました。

矢本浩人さんは革職人で、小さな工房を開いているそうです。

店名『belicovebo+』の由来は、『おへそ』だそう。

『belico』はイタリア語の『onbelico(オンベリコ)』(おへそ)から『ベリコ』を、『vebo』は日本語の『おへそ』を可愛くもじって『ベボ』になったそう。

なにげについてる『+』のマークは『おへそ』マーク。

『おへそ』は命の元、生命を受け継いだ大切な場所。

『私の大切なもの』、そういった意味合いをこめたブランドネーム。

お店は京都・西陣にあるそう。

出典:https://www.facebook.com/

お店のFacebookはありますが、詳しい住所は掲載されていませんでした。

コンセプトは”ガーリーな色づかいとレトロモダンなデザイン”、”ココロがゆるむ革雑貨”。

革裁ち~縫製まで、全ての工程を手仕事で作っているそう。

手染めしたオリジナルカラーの麻糸で、ひと針、ひと針、手縫いで縫いあげているんだとか。

また使用する革にもこだわりがあるようで、革はイタリア古来の伝統的製法『バケッタ製法』で丁寧になめされたミネルバボックスレザー使用。

ミネルバボックスレザーは、オイルをたっぷり含んでいるのでキズがつきにくく、お手入れいらずなので、日常使いのアイテムにピッタリだそう。

更に、ミネルバボックスレザーの魅力の一つに経年変化があり、時間の経過と共に、次第に深みを増し褐色がかった色味へと変化していきます。

時間を掛けて楽しめるのが革製品の特長ですね。

お店は基本的に、ネット販売が中心のようです。

しかし、ここ数年は内容が更新されておらず、当面の間は再開時期は未定の休業となっているようです。

 

プレゼントされたハーレーに乗っている


出典:https://www.instagram.com/

2017年9月放送の日本テレビ『浜ちゃんが!』で、矢本悠馬さんは父親との思い出話をしていました。

その内容は父親の矢本浩人さんはバイクがとても好きで、50歳の誕生日を記念して、ヴィンテージ物のハーレー・ダビッドソンを購入したということです。

しかし、なぜかその毎月のローンの支払いが、息子である矢本悠馬さんになっていたらしいのです。

そして、そのローンをそのまま矢本悠馬さんが払い続けている、という話でした。

笑い話にされていましたが、きっと父親への厚意でプレゼントされたのではないでしょうか。


出典:https://newswitch.jp/

ハーレー・ダビッドソンと言えば、アメリカの有名なバイクブランドです。

中古や型落ちでも、100~400万円はするのではないかと予想できます。

父親が勝手に買ったにしろ、プレゼントであげたにしろ、そんな高価なものを支払うなんて、親孝行な息子さんですよね。

前述でもあるように、ハーレーに乗っている矢本浩人さんが目撃されていましたが、かなりお気に入りで、乗り回しているのではないでしょうか。

 

お笑いが大好き


出典:https://character-inc.co.jp/

矢本悠馬さんの小学生時代は、父親が借りてきたお笑い番組や、コメディー系作品のビデオを見るようになったそう。

これによりお笑いに興味を持ち、一時は「将来は漫才師になりたい」と思っていたそうです。

この頃コメディ以外では、時々アクション映画も観ていましたが、ドラマを観る習慣はなく、俳優業には興味がなかったんだとか。

それには、父親である矢本浩人さんの影響が大きかったようで、インタビューでは次のように話しています。


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

矢本悠馬さんは現在、コミカルなお芝居もたくさんされていますから、子供の頃の父親の英才教育が役立っているのかも。

もし今のように俳優になっていなければ、漫才師にでもなっていたかもしれませんね。

 

矢本悠馬は母親に騙されてオーディション会場へ


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

矢本悠馬さんは京都で生まれた後、4歳から約1年間は父親の仕事の関係で、アメリカのロサンゼルスで暮らしています。

ロサンゼルスにいた頃は、テレビで放送されていたマーベル作品のアニメにハマった他、日本の特撮ヒーローものや、アクション系のアニメなどを観ていたとか。

当時の将来の夢は、「(マーベル作品の主人公の一人である)スパイダーマンになること」だったそう。

そんな矢本悠馬さんが小学6年生の時、母親からお化け屋敷に誘われて喜んで付いて行ったのですがが、そこは映画『ぼくんち』のオーディション会場だったそう。

その当時についてもインタビューで語っています。


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

騙されたことに怒ったままオーディションを受け、スタッフから渡された台詞をイライラしながら読んだ当時の矢本悠馬さん。

また、最終オーディションでは共演者の観月ありささん、真木蔵人さんとの台詞の読み合わせをする際、ポケットに手を突っ込んでタメ口で話したそうです。


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

これらの行為がスタッフに印象的に映り、役のイメージにハマったことから合格したんだとか。

母親に騙されてイライラしたままセリフを読んだことが、たまたまその役柄にハマったようです。

まさに、『無心の勝利』というか、それが運命だったようですね。

母親はこの時、『ぼくんち』の役もイライラして機嫌の悪い子供の役だったため、矢本悠馬さんが役作りをしていると勘違いされたそう。

そのオーディションに見事受かり、ご両親は「この子は才能があるんじゃないか」と思った様子。

そして意図せずスクリーンデビューしたため、その作品のみの出演で終わるはずだったのですが、矢本悠馬さんが中学1年生に上がる頃に、自宅にかかってきた出演依頼の電話を母親が勝手にOK。


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

『てるてる家族』の出演オファーが来ると、矢本悠馬さんご本人意見は気にせず、勝手にOKしてしまったことからも、わが子の活躍に舞い上がっている感じがして可愛らしいですね。

これによりNHK連続テレビ小説『てるてる家族』に出演しましたが、本意ではなかったため、親に「もう芸能の仕事は今後一切やらない!」と伝えたとか。

その時ご両親は、「じゃあ、いいよ」と矢本悠馬さんの意思を尊重されたそうです。

 

矢本悠馬は両親の勧めで俳優の専門学校へ


出典:https://natalie.mu/eiga

俳優の仕事を辞めて学生生活に専念する事にした矢本悠馬さんは、中学・高校生活は楽しく充実した日々だったそうです。

その頃は将来の夢を訊かれると、漠然と『漫才師』になりたいと答えていたそう。

一度は芸能界を去った矢本悠馬さんですが、高校卒業後の進路を考える頃、親から「何かしらの学校に行ってほしい。演劇の学校とかどう?」と勧められました。

この時点でも俳優になる気はなかったそうですが、他にやりたいことがなかったため、2年制の俳優専門学校に進学


出典:https://post.tv-asahi.co.jp/

もう一度俳優として活躍できたのは、ご両親の勧めがあったからこそだったのですね。

息子の為に、専門学校まで調べていたご両親。

ご両親にはどうしても矢本悠馬さんを俳優にしたいという思いがあったそうで、「22歳までは大学に行かせたつもりで家賃と食費は出す」と言ってくれたんだとか。

息子に俳優になってもらいたいという気持ちが、ひしひしと伝わってきますね。

そして矢本悠馬さんが2年生の頃(21歳)、クラスメイトが劇団『大人計画』のオーディションを受けると聞き、軽い気持ちで一緒に参加して合格し、研究生となりました。

合格直後は、お笑いを大事にする劇団に入れたことを、少なからず喜んだそうです。


出典:https://www.cinematoday.jp/

しかし、座員たちの舞台稽古を初めて見学した際、“ただのお笑い好きの自分”と、“板の上で笑いを取るプロ”との差を目の当たりにして挫折を味わったんだとか。

それでも「せっかく俳優として一歩踏み出すチャンスをもらえたのに棒に振るのはもったいない」と考え直し、稽古場に通って見学を続けたんだそう。

専門学校を卒業した年の4月、舞台『ウーマンリブシリーズ』に出演し、毎日先輩からダメ出しをされる内に「いつか見返してやりたい」という気持ちが芽生えたんだとか。

様々なオーディションを重ねた結果、翌年にはドラマや映画(作品によってはメインキャストの一人として)色々と出演できるようになったんだそう。

今の俳優としての矢本悠馬さんがあるのは、ご両親の協力だでなく、本人の強い意志もあったからでしょう。

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